Concept

前段:「変化」と「重圧」

ようやく陸上競技というスポーツは暗黒期を抜けたように思えます。

20年前、強烈に根付いていた「ダサい」スポーツというイメージは今やなりを潜め、巷でよく見るかけっこ教室では多くの子どもたちが未来のアスリートを目指して懸命に汗を流しています。
サッカー・野球・ラグビーなどのような圧倒的な集客力や営業戦略には課題があるものの、いち競技の変化としてはこれは大きな変化です。

そこには選手の目覚ましい活躍があります。
競技力向上により、これまでは日本人が活躍するなど夢にも思わなかった世界規模の大会で多くの実績を残しただけでなく、プロ選手という新たな在り方を切り拓き、そして定着させ、メディアへの露出も増えたことも相まって、大会会場では観客からは以前よりも熱量のある声援が発せられているように思えます。

とはいえ、現在の陸上界を牽引しているそういった選手たちも、その活躍を永遠に続けられるわけではありません。

そうすると当然若年層の育成に大きな意味が見出されます。
男子100mで言えば、毎年のように9秒台の選手が出てくるというだけでなく、悲願と言われている世界大会での決勝進出→メダル獲得、といったようにステップを上がっていけることが世間からも、またそれに応えんとする陸上関係者からも要求されるのです。
※もちろん自分自身にもそういった圧力をかけることもあるかもしれません。トップ選手であればなおさらですし、皆さんも想像に難くないでしょう。

■求められる「戦略」

そしてそのためには、いくつか課題があります。
まず「才能ある選手が若年層のうちに陸上競技を辞めずに肉体的なピークまで競技を継続すること」(つまり「競技者の絶対数を確保すること」)、そして「競技を継続している選手たちが着実に競技力を向上させていくこと」です。

前者について、選手の引退の背景は様々です。競技力が向上しないから、なんとなく楽しくないから、などなど。かなり早い段階で競技から撤退してしまう選手が多くいますが、その中には競技を続けていれば100mを9秒台で走ることができた選手がいたかもしれません。その可能性を摘まぬよう、リタイア人数を最小限に抑える必要があります。
もちろんこれに対しては陸上競技や選手たちの人気というものが施策の下支えにはなりますが、それだけでは担保できるものではありません。家庭の金銭事情や練習環境、指導者など、選手を取り巻く様々な要素について考えなければなりません。
日本陸連は競技者育成プログラム(出典:https://www.jaaf.or.jp/pdf/development/program/A4_2019.pdf)の中で、生涯をかけての成長ロードマップを描くことでそれを実現しようとしています。

■競技に「知性」を

一方で後者の方は、時代が進んだことにより事態は複雑となりました。「情報過多」です。動画配信サイトではトップアスリートたちのパフォーマンスがいつでも見られるし、陸上競技Youtuberも現れ、技術やツールの情報を数多発信しています。そこにさらに「テクノロジーの進歩」が重なり、よくも悪くも”よりどころ”となるものが選択不可能なほど世の中には溢れています。

先の日本陸連発行の競技者育成プログラムにも、このように記載があります。(P60「1)情報の氾濫」より)
「スマートフォンやパソコン上にあふれる映像は、世界の⼀流競技者のパフォーマンスを⼿軽にみせてくれるようになった。百聞は⼀⾒にしかずのならいの通り、みることは陸上競技の技術習得に⼤きな⼒を与えてくれる。憧れと理想の形が⽬の前にまざまざと現れる。⼦どもにとってはなんと魅⼒的なツールだろう。それでも、⽴ち⽌まって考えてみなければならないことがある。この選⼿がなぜこのフォームをしているのか、発達のレベルや⾝体の特徴が違う⼦どもが合理的な答えもなしに、すべてを真似ようとしてしまってよいものだろうか。優れた⾒本のエッセンスをかみ砕いてこそ、⼦どもには益のある時間になる。」

ここに「話題のシューズを履けばいい記録が出るのか」というテーマが追加されるイメージです。これは子どもに限った話ではありません。様々な情報を取り入れることはすべてのアスリートにとって避けることができないものです。それゆえに知性のあるアスリートが勝ち残っていける時代になりました。

■私たちがなすべきこと

私たちはその知性への道しるべを目指すものです。情報発信を行いながらそこに普遍性を見つけようとするものです。そういった試みは科学や哲学にも属するものかもしれませんが、「こういう試合結果だったよ」「背景にはこういうことがあったよ」という内容を超えて、競技者に気づきを与えるだけでなく、陸上競技そのものに興味関心を持ってもらえるような情報を、様々な手段で皆さんに届けられればと考えています。