◆女子の日本記録更新が見えた兒玉の走り
第89回日本学生陸上競技対抗選手権(2020年9月11~13日@デンカビッグスワンスタジアム)で、女子短距離では兒玉芽生(福岡大学3年)が、男子では水久保漱至(城西大学4年)が躍動した。
特に兒玉のラウンドの進め方、そして記録は圧巻だった。
予選は11秒67(向い風1.2m)と余裕のレースを見せると、準決勝では11秒51(追い風1.2m)で大会新記録を樹立し、決勝では11秒35(向い風0.2m)と準決勝で出した大会記録を日本歴代3位の記録でさらに塗り替えた。
それぞれのレースを見てみよう。
予選のレースは一歩一歩力強いスタートで一気に抜け出すと、40m以降は遊脚・支持脚の切り替え速度は凄まじいものの、ピッチを上げ切ることなく全体的に流すかのような力感でのレースだった。
「これまでの取り組みとしてスタートから50mでスピードに乗ることを意識してトレーニングしてきた」との言葉通り、この段階ですでにその成果が出ていること、そしてピーキングもうまくいっていることが分かる。
準決勝も予選に近いレース展開となった。
予選よりもピッチ予選の時との差は風が合計で2.4mと上向いたこと、そして完全に力を抜くタイミングが予選よりはゴールに近づいたことだろう。
動きという意味では両レースに大きな差はない印象だった。
ただし決勝は違った。
当然決勝に残っているのだから、他の選手も強い。
その点ではスタートでポンと抜けることはなかったが、圧巻は40m以降の中間疾走からだった。
明らかにテンポ感を上げた脚運びで2位以下を突き放し、本来であれば60m~70m通過時点では訪れる減速も見た目には感じられない。
素晴らしかったのは
①スタートから中間疾走の切り替えのスムーズさ
②リーチアウト気味の脚運びにも一切ブレることがない体幹
③凄まじい速さの遊脚の振り下ろしと乗り込み
と言える。
特に②③は他の選手には真似できない、兒玉特有の強みと言える。
とはいえ、伸びしろがないわけではない。
特に③はより余地を持っている。
跳ねるように加速するように見えてかなり上下の力が加わっていて、それが最小限となることでより乗り込みが高速化するように思える。
練習で取り入れているドリルからもそこは強化ポイントのように見受けられ、それ次第では
「現在の女子短距離界の苦境には思うところがあり、自分が0.01でもよい記録を出して、雰囲気を上げていきたい」
「高橋萌木子さん、福島千里さんを憧れとしてではなく目標として、そこを超えることを見据えられるようになった」
といった兒玉の言葉に、日本記録の更新もつい期待をしてしまう。そんなレースだった。
◆群雄割拠の男子短距離に水久保が名乗り
そんな女子100m決勝の直後には当然男子のそれも執り行われた。
決勝のスタートリストには、宮本大輔(東洋大学3年)、デーデー・ブルーノ・チクワド 凌(東海大学3年)といった2019年のユニバーシアード代表組も名を連ねる中で、レースを制したのは水久保漱至(城西大学4年)だった。
身体を左右に揺らす、日本の短距離界では珍しくも力強い走りで、50m通過段階で頭一つ抜けると、デーデー・ブルーノの追撃をかわし、10秒14(追い風1.8m)の好記録での優勝となった。
「特に体幹づくりに力を入れた」と言うように、接地脚に交互に体重を乗せるような動きはその鍛えられた体幹を下支え井ロスなく地面に力を伝えるだけでなく、反力を効率よく推進エネルギーに変える。
ただし、それは低燃費の走りとはならない。
実は当日は100m準決勝(14:00)→200m予選(17:25)→100m決勝(19:30)といった日程となっており、水久保の体力はかなり削られていたはずだ。
過密スケジュールとも言える競技日程でなければ10秒0台の記録が出たのか、それともむしろ日本インカレという特殊な空間が好記録を出させたのか、どちらなのかは厳密には不明だが、ゴール直前に動きがばらばらになっていることから前者なのではないかと筆者は見立てている(なぜインタビューで聞かなかったのかと後悔している)。
とはいえ、自信になったことは間違いなく、以降のトレーニングや協議会との相性次第で大躍進する可能性もある。
「10秒0台を出さないと、現在の日本男子短距離では勝負できない」と語るように意識は高い。
大学最後のシーズンを有終の美で飾った水久保は、今後どのような道を歩むのだろうか。