21年ぶりの世界記録更新
8月1日、国立競技場で行われた女子三段跳びで世界新記録の大ジャンプが飛び出した。1995年の8月にウクライナのイネッサ・クラベッツが記録した15m50cmを17cm更新し、ユリマール・ロハスが15m67cmの世界新記録で東京オリンピックを制した。
計6本の跳躍のうち、3本は15m越え、2本はファールながら世界記録を大きく超える跳躍を揃えるなど、極めて高いレベルで安定した試技を見せ、他を寄せ付けなかった。
陸上を始めた当時は走り高跳びの選手で15歳で1m78cmを跳ぶバネを持っていた。日本の中学日本一が1m70cmに届かないくらいの記録なので、比較にならないパフォーマンスと言えるが、結局伸び悩み、走り幅跳びを経由して三段跳びに。2015年から現在のコーチに指導を受け、メキメキと頭角を現してきた。
世界一のパフォーマンスの裏にイバン・ペドロソあり
彼女は優勝インタビューで「この喜びは自身のためだけでなく、”チームペドロソ”のものでもあります”と語っている。そう、あのペドロソである。男子走り幅跳びで1997年から2001年まで出場する世界大会はすべて優勝という偉業を成し遂げた、自己ベスト8m71cmを誇る往年の選手である。確かに競技中に彼女にアドバイスするコーチ、先述した「現在のコーチ」にはどこか見覚えがあった。それがペドロソその人であった。
試技中にどのようなアドバイスをしていたかは定かではないが、キレのある遊脚の振り下ろしから、ぐんぐんと加速し、限界まで短縮された接地時間で踏切動作に入るその所作は師匠そっくりだ。
しかも192cmの恵まれた体格でそれを実行するのだから、助走スピードはかなりのものになっているだろう。彼女は15歳の時に100mで11秒94の記録を出していて、現在ではさらにスピードが上がっていることは間違いない。
そして長い脚を生かした3部構成の跳躍は確かな技術に支えられ、助走で蓄えたスピードをほとんどロスすることなく飛距離へと変換していく。
不可解なほど伸びるジャンプ
そうはいっても、世界記録樹立時のパフォーマンスは筆者の理解を超えていた。むしろ多くの陸上競技関係者の度肝を抜いただろう。途中まで失敗跳躍に見えていたのだから。
実際にその跳躍を他の5本の跳躍と比べてみてもらいたい。
1本目:11分00秒 15m41cm
2本目:23分30秒 14m53cm
3本目:38分05秒 ファール
4本目:1時間1分35秒 15m25cm
5本目:1時間11分20秒 ファール
6本目:1時間22分15秒 15m67cm ※WR
男子の選手のデータではあるが、過去に筑波大学の研究によって三段跳びのホップ・ステップ・ジャンプの距離の割合について分析がなされており、2011年世界陸上テグ大会の際の上位8名の跳躍割合が算出されている。
(出典:http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2015/57.html)
それらを平均すると
36 : 29.875 : 34.125
といった割合になり、今回のロハスの記録に当てはめてみると
ホップ :5m64cm
ステップ:4m68cm
ジャンプ:5m34cm
となる。ただし実際は違う。
明らかにホップとジャンプに比べて、真ん中のステップは距離が短い。目検ではあるが、ジャンプが5m50cm~60cm程度跳んでいるので、約10mをホップ・ステップで跳んでいることになるが、その割合は映像で見るかぎりだと6:4くらいに見える。
そうすると
ホップ :約6m00cm
ステップ:約4m00cm
ジャンプ:約5m50cm
となり、明らかに偏向性の高い跳躍になっている。これがロハスの特徴であるというならまだ分かる。ホップとジャンプが強い選手というのは存在するからだ。
だが、それまでの5試技を見ると、ここまで偏った比率にはなっていない。むしろ男子選手の平均値通りの比率でパフォーマンスをしている。
特に世界記録を出した時の跳躍は、ホップで距離を出したが故にステップからジャンプへと上半身が突っ込みすぎていて、本来なら後方に抜けて空振りするかのような踏切になるはずの体勢だった。
つまり、崩れたステップからその場の判断であの跳躍の形を取り、世界記録樹立を成し遂げたということになる。
確かに彼女が実行したように、ステップで上半身が突っ込みすぎた場合、ジャンプへつなげようと思ったら、身体がつぶれないうちに踏み切ってしまうというのは運動力学的に合理的な判断だと言える。上半身が突っ込んでいるのに欲張って脚を前に出そうとすると、乗り越え動作が発生するため接地時間が長くなり、ブレーキが強くかかりすぎてしまう。さっさと次の踏切を済ませたほうがいいのだ。
とは言え、万全な体制での踏切ではもちろんない。あの体勢から5m50cmを超える跳躍をするというのは、彼女の空中動作が卓越したものであることは言うまでもないが、それを加味しても並大抵のことではない。
映像を見る限りでは遊脚と支持脚の切り替えだけであの距離を出しているように見えるのだが、実際のところはどのような魔法を彼女はあの一瞬にかけたのだろうか。