2021年9月19日、熊谷スポーツ文化公園にて第90回日本学生陸上競技対校選手権大会、女子3000m障害の決勝レースが行われた。スタート直後から先頭を走っていた吉村玲美(大東文化大学3年)がレース中盤から一気に抜け出し、9分41秒43の日本学生新記録(大会新記録)で優勝、三連覇を果たしている。2019年の日本選手権を制し、同年のドーハ世界陸上の日本代表にも選出されたその実力を遺憾なく発揮した。
もともと学生記録は狙っていたということで、「44秒台を狙っていたので41秒台はすごくうれしかった」としたが、「40秒切りも見えたので悔しい部分もある」とさらなる可能性を覗かせた。

■恐ろしいほどスムーズな水濠の抜け

今回の学生新記録樹立にはどのような技術的な裏付けがあっただろうか。
もちろん種目の距離が長くなればなるほど、一瞬の技術以外にも筋持久力や心肺機能の向上は記録へと大きく結びつく。
しかし吉村の走りを見ていて特に目を引いたのは、水濠の抜けの速さであった。
後続の選手に大きな差をつけた「水郷越え」。そこにはどんな秘密があるのか分析していきたい。

画像上部:吉村玲美(大東文化大学) 画像下部:宮内志佳(日本体育大学※同レース2位)

こちらは水濠越えの跳躍の着地から立ち上がりの次の一歩までをフレームごとに並べたものだ。
画像下部の選手は日本体育大学の宮内。このレースでも2位と大変すばらしい選手ながら、この二人を並べたのはその動きに大きな差があるからである。
特に注目してほしいのは、共に右足を接地している両者の左から3枚目と4枚目。
宮内は左腕を前方に右腕を後方に振っていて、逆に吉村は右腕を前方に振り出している。
走りのセオリーで言えば、宮内が正しい。通常、手と足は左右逆のほうが前に出ているはずだ。
しかし敢えて吉村は左右同じ手足を出している。

■使われているのは跳躍の技術か

理屈としては跳躍の「ダブルアーム」に似ている。
垂直跳びの際などに両腕を振って、その慣性を使って高く跳ぶ。あるいは上方向でなくとも立ち幅跳びのように進みたい方向へその慣性を活かす。吉村はその力をこの瞬間に使っているがゆえに、終始上体が下半身の上に乗っている。
水濠は登り傾斜になっているため、工夫なく着地したのでは後ろ方向に跳ね返されてしまう。上半身は接地面から離れているだけにその力を目いっぱいに受ける。そうすると上半身は後方に、踏ん張ったとしても下半身だけ前方にということになり、次の一歩につながらない。
セオリー通りの腕振りで挑む宮内は登り傾斜に真っ向勝負する形をとっており、後方への反発をもろに受けて腰が落ちてしまっている。一方で、それを前述のように腕振りの力でうまく前方に上半身を運ぶことで、軸が強固に作られた前傾姿勢を維持でき、水郷の中でも大きなストライドを確保できていたのが吉村だった。

また水郷はレースの中での唯一の「登り区間」である。
それを2歩で抜けるのか、3歩で抜けるのかではスタミナへの影響も出てくるし、「登り区間」は「減速区間」でもある。平地に戻った際の立ち上がりの速度が大きく変わってくる。
水郷に費やす歩数を常に2歩に収めた吉村は減速が最小限に抑えられており、水濠の坂を上り切ってからの平地への走りへの立ち上がりが極めてスムーズで、スピード感を最後まで維持したまま後続を突き放した。

次回のレースではその極意について、直接話を聞いてみたいものだ。
当然、勝利者インタビューとして。

By 大澤

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