2023年4月28日、広島県のエディオンスタジアム内の会見場に彼はいた。
前日練習が行われていた会場では、仲間と笑い合う彼の姿もあった。
しかしながら、じっくりとスタートの確認を繰り返す彼の周囲にはいつものように一定の緊張感が漂っていた。
その後行われた記者会見では再起への思いが溢れていた。
山縣亮太のインタビューの内容は以下。
Q:今日の練習で確認したのは?
A:この一週間は疲労を抜いていたが、今日は刺激を入れてレースへの準備をしていた。
走りのリズムは昔と異なっているので、加速から中間を切り替えられるように意識した。
リズムはどう変わったのかはあまり明確に言えないが、今季から履いている厚底シューズの影響を
受けてピッチ型だったものがストライド寄りになったのはあり、それまでの感覚とギャップは
生まれている。
また、故障を背景に膝に負担をかけないような体の使い方などを今のコーチと検討してきた。
そのあたりはリズムの変化に影響しているように思う。
とはいえ、その変化自体は前向きに捉えていて、日本記録を出してからも自身の中にあった
「何か変えていかなきゃならない」という思いから、その契機として活かしていきたい。
Q:昨季からの故障の状態はどうか。
A:右膝に関しては練習等にも影響はない。
内転筋も今は全く問題ない。
4/2の六大学陸上の時点では張りはあったがそこからは順調に調整できていた。
100mでのシーズンインとなったが、今年は200mを軸にした練習をしてきたということもあり、
思い描いていたものとは異なったシーズンインとなったのは確か。
200mを主戦場に設定したのはスケールの大きい走りを獲得したい、走りの効率を追い求めたい
という思いから。調子がいいときは200mも楽に走れているイメージ。
来年のオリンピックは100mに出場したいが、200mとの優劣はなく、並行して進めていきたい。
そういう意味では明日の100mレースを一つの刺激として捉えて、次戦5/4のゴールデンゲームス in
のべおかで走る200mに向けてさらに調整していく。
Q:勝負も意識していくか。
A:100mは層が厚いので、明日も負けないように意識してやっていきたい。
桐生選手も調子を上げてきている印象なので、早く自分自身も第一線に戻って、
当面は日本選手権標準を切ることも目標にして戦いたい。
Q:現在の心境はどうか。
A:わくわくもしているが、それもいつも通り。
不安もあるが、今試していることが出しきれるだろうかという走れていた頃に感じていたもので、
第一線に帰ってきたんだなという思い。
前日練習の感覚としては悪くなかった。
では、実際のレースはどうだったか。
結果は追い風0.5mの中で10秒48と記録は奮わず、組5着と同組だった桐生祥秀(第一生命)の後塵を拝した形となった。
ただ、感想としては「なるほどな」というところで、今の山縣のすべてが嚙み合った末の結果とは私には見えなかった。
明らかにこれまでよりも高反発なアシックスの厚底スパイクの影響もあってか後半の走りはバラバラになっていて、率直に「まだ体もスパイクも持て余しているな」という印象を持った。
まだまだ今季で目指している走りの完成度は低い状態だということだ。
我々は噛り付くように自らの走りを写した動画を見る山縣の姿をよく知っているし、
何人にも先を越されながら、その厳しい時間を乗り越えて未だ後続に影を踏ませない日本記録を作った姿を知っている。
レース後も「今の走りでは60mまでしか走れない。残された時間で調整を進めていく」とシビアに語ったように、すでに彼は現在地を冷静に捉えている。
ミックスゾーンでいつものように淡々と冷静に今を語るその彼の後ろには出待ちの若きアスリートたちがわんさと集まっていた。
山縣を目の当たりにした興奮と、山縣への応援の気持ちが彼らの身体から溢れるようだった。
その熱も受け取っているだろうか。山縣の眼差しは静かに次戦に向いていた。