第103回日本陸上競技選手権大会混成競技 兼 ドーハ2019 世界陸上競技選手権大会 日本代表選手選考競技会(@長野市営陸上競技場 6/8-6/9)が行われ、前回大会の女王である山崎有紀( スズキ浜松AC )が優勝。 社会人1年目となったヘンプヒル恵(アトレ)不在の中ではあるが、その強さを改めて誇示する形となった。

山崎の強さはその安定感であり、どの種目をやらせても大きな穴がない点から来ている。それは選手として大きな魅力ではあるが、逆に言えば、日本トップレベルのそれでダメなら世界で通用する選手は日本にはいないということになる。それだけに、筆者にはとがった力、つまり「苦手種目はあるものの、それを補って余りある、突出した種目を持つヘパスリート」が光って見える。

■異質な輝き

それが今回注目したい伊藤明子(筑波大)である。

唐突だが、混成種目において投擲種目とは非常に重要な種目だ。この種目終了時に大きな順位変動があるのは、稀なことではない。だが、その中でもやり投げを苦手種目としているこの選手はその局面で苦戦を強いられることも珍しくない。しかし一方で、バネ(瞬間的に高出力を出せる筋力のことを指す場合が多い。瞬発力とは少し異なる)や走力を試される種目ではめっぽう強く、投擲不利をものともしない闘いを繰り広げてきた。

そして今回はその「走り」に注目してみたい。
七種競技の初日、最終種目となる200m、組数は3組目の局面である。この時の伊藤の記録は24.46(+3.2m)。単独種目で日本選手権の参加標準に迫ろうという記録である。決してピッチ(足の回転速度)が出る選手ではない。それでもその記録で走れるのは、伊藤の誇る「圧倒的なストライド」ゆえに他ならない。

その「圧倒的なストライド」を生み出すポイントは、以下の2点だ。
・150mを通過しても変わらない
 ①設置位置
 ②重心の高さ
①は上半身よりもずっと前であること、②は低いことが素晴らしい。

写真を交えながら、詳しく説明していこう。

A.40m程度 通過時
B.70m程度 通過時
C.160m 通過時

まずは①の点から。
山崎は身長165cm、伊藤は170cm。 A・Bの写真を見ると手前側にいる山崎が大きく見えるように感じるが、この角度・局面だと二人の位置関係に大きな前後差はない。
そのうえで、伊藤の身長の方が小さく見えるのは、その重心が極めて低くなっているからだ。

さらに②の点では、A・Cの写真を見ると、かなり前方位置に設置をしていることが分かる。
特に後半局面になってからこれをやるのは至難の業だ。(200mのレースプランとしておススメできるものではないが…)

この2点からどのような効果が得られるか。以下の図を見てほしい。

ほぼ図の中に記載した。一般的に言われている「走るときは重心は高い方がいい」というのは半分正解で、半分不正解と言える。最短距離の100m走でさえ、70m以降はトップスピードはすべて出切ってしまい、あとは緩やかに失速していく。その場合重心を高い位置に維持して、接地時間を短くし、スピードロスを最低限に抑える。それは極めて理にかなっている。 しかし、スピードを乗せていく局面ではそれではいけない。 しっかりと地面を蹴りこみ、グンと加速していかなければならないのに、体重が乗っていないのでは暖簾に腕押しである。そこをしっかりと地面に力を伝えるからこそ、伊藤の爆発的なストライドが実現する。

もちろん、重心を下げても自分の重さに潰れないようにするには、磨きに磨いた瞬発力またはバネが必要だが、その点で言えば加速局面での走りは、他の短距離専門の選手を差し置いても、伊藤が手本にすべき選手の一人となるだろうと私は考えている。これはもちろん男女を問わずだ。

ちなみに、もちろんすでにお分かりだろうが、単体種目としての200mのレースプランとして、最初から最後までこの重心位置であることが必ずしも正しくはない。何しろ彼女は相互的な練習という意味でも混成種目と400mHを並行して行っていて、200mはその混成種目の中のあくまでも1種目だ。パッケージの400mHではハードル間のインターバルがある関係で、必ずしも素早く足を動かせばよいわけではなく、特に200mに思い入れが強く、とにかく速くなりたいのだというわけでは決してない伊藤にとって、200mに400mHの走りとの相関性が見られるのは自然なことだろう。そう思えば、この走りのバックグラウンドはちょっと特殊だと言える。

しかし、もしこの「圧倒的なストライド」にピッチが完璧なバランスで融合したら。そして、それが混成種目の様々な種目に反映されたら。
伊藤がクイーンオブアスリートの名を冠するのも時間の問題かもしれない。

By 大澤

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です