2022年9月23~25日に開催された第70回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会で、100mHに出場した日本建設工業所属の福部真子が、自身の持つ12秒82の日本記録を0.09更新する12秒73で優勝を飾った。2位の青木益未(七十七銀行)もまた13秒03の大会新記録の好記録だった。

<コラム:インターバル(ハードル間)の技術がスゴかった>

■単に足が速けりゃいいわけじゃないハードラー達

レースで特に目を引いたのはハードル間インターバルの速さだった。
とてつもないピッチ(足の回転速度)が出ていた印象だ。
その高速化された足音が、速射砲のような音になってゴールへ近づいてきたのを鮮明に覚えている。
「おいおい、いくらピッチが何だってんだ!いくら回転が早くても、ストライド(歩幅)が出てなくて進んでないってこともあるだろ」という声も聞こえてきそうだ。
そりゃ単純に走る種目は確かにその通りだが、110mH・100mHとなると事情が違う。
※400mHとなると異なる観点でちょっと様子が違ってくるがそれはまた今度。

ハードル種目ではハードル間が全選手共通であり、歩数はこのレベルの選手が集まる大会では選手間で差分が出ることはない。中学生などのハードルやりたての器用な選手は、インターバルを4歩にして左跳びと右跳びを交互にこなしたりするが、所詮それはハードル間を3歩で行けない選手の苦肉の策。。。多くの鍛錬を積んでこれから未来が開かれるミライモンスターたちの手法である。
競技レベルが上がれば基本は3歩で固定だ。
つまりどういうことか。
ピッチが早ければ、速いのだ。
雑に書くが、例えば8.5mのインターバルを[3歩+次のハードルの跳躍]で通過するとする。それをトーントーントーンと走るのとタタタと走るのではどう考えたって後者が速い。前者は1歩平均2m強をトーンと走るのに対して、後者は「タ」で通過している。ハードル間を3歩で走るという前提が崩れない限り、ピッチが速い=タイム的にも早い、となる。

ではどうしたら「タ」なんて一瞬で2m強も進むことができるのか。
スピードを上げるしかない。足が地面から離れて、もう片方の足が2m先に着く。その時間を短くするには2mの距離を体ができる限り高速で移動している必要がある。
これはハードルが速いということはどういうことか、という問いの一つの答えだ。

速度を決める要因は非常に大雑把に書くと以下の通り。
 ①一歩一歩地面を踏む/蹴る力
 ②力を加える方向の精度
 ③体全体を効率よく運べる重心の位置とそれを作る姿勢
じゃあそれをどのように実現するか。

福部のアプローチは「重心の低さ」と「徹底的に強化した体幹」のように見えた。

■「体幹の強さ」は分かるけど、重心の”低さ”が大事…?

初期の陸上競技の指導はとかく「重心を高く」と言って始まる。場合によってはそのまま終わる。
だから多くの若い選手達は重心は高いところにあるほうがいいと認識している。
ただしそれはバタバタ・ベタベタとした接地を矯正したいからであって、実はキレイなフォームで走ることができるようになって、筋力がついてきたらそんな指導は一切やめて、むしろ重心を下げて走れるようにトレーニングしたほうがよい。
回転したタイヤがしっかり地面に食い込むから車はスピードが出るのであって、その位置をふわっと上に浮かせてやって、そっと地面に触れる程度の高さに固定したとしたなら、焦げ臭さと白い煙を残し、タイヤはそこに留まり続けてしまうからだ。

また重心は低すぎてもピッチは上がらなければ、強いキックもできない。
その点でいうと、2位の青木は13秒0台で走りながらも、福部と比べれば重心が低すぎたよう見える。自分が置いた重心を乗り越えるのに時間と力を使っているからだ。
一方の福部は、自分の最大限のキックができる範囲で最も高い位置に腰を固定している。乗り込みのロスはそこにはない。

その強いキックの力を体全体に伝えたのは体幹だ。徹底的に強化された体幹。
スポーツにおいて体幹が重要であることは周知されて久しいが、理屈で言うと要するにこうだ。
【ボールを地面にたたきつけても、スポンジ製では弾まず、スーパーボールの硬さが必要となる】
外的な力をうまく体に伝えてくれるのだ。
レースを見ると終始上半身にブレ・揺れは見られない。
つまり横や前後への力の分散を最小限にしているということだ。
そこへ来てさらに進められた体幹以外の筋力強化。

日々のトレーニングで福部の作り上げたものが、そのまま日本記録になった。
狙って出した日本記録。まさに必然だった。

By 大澤

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